歯医者自身が虫歯治療を受けるとき、できるだけ腕のいい先生に治療してほしいと切望します。たかが虫歯で、なぜそんな風に思うか。それは、たった一本の虫歯治療でも、歯科医の腕の良し悪しが予後を決めることと、全身の健康に影響があることを知っているからです。

では、そんな歯医者が治療をする側になったとき、どんな行動をとるか。自分の歯には絶対に入れない、健康に悪い保険の歯科金属を、保険点数を稼ぐために患者さんの口には平気で入れてしまう。どうせ患者さんには分からないからと、期限切れの材料を使ってしまう。もっと言えば、あなたの口の中にあるその銀歯は、もしかしたら他人の口の中に入っていた銀歯を溶かして、使いまわしされたもの―だったりするかもしれないのです。

自分の身体じゃないんだし、一人ひとりそんなにいつも集中してバカ丁寧になんてやってられない。どんな材料を使おうがどうせ患者さんには分からない。と考えている歯医者が、たくさんいるのです。

やたら愛想がよかったり、仮装したり、値段を下げて安くしたり、ホームページにいいことだけを書いていたり、少ない通院回数で治療を終わらせたり、２４時間営業や年中無休の歯科医院もあります。

通院回数が少なくすめば楽だし、安くて２４時間年中無休なんて便利だから、一見、患者さんにとってのメリットが大きいと思うかもしれません。

でも、ちょっと考えてみてほしいのです。
治療回数が少ないというのは、何かの工程が省略されているか、何かの処置がおざなりにされているということです。値段を下げて安くできるのは、材料の質を落としているか、技術に自信がないのをごまかしているだけです。２４時間年中無休の歯科医院は、複数の歯科医が交代で担当しています。歯科医の人数が少なければ一人当たりの負担が大きくなり、疲れが出て集中力が落ち、医療ミス、医療事故などにつながることもあります。

歯科医院も、利潤を得て、それで生計を立てているのですから、商売という側面が当然あります。
では、医院が自分の儲けのために一番簡単に、誰でもできることは何か？

それは、「かかるコストを下げる」ということがあります。

もちろん、無駄なコストは減らしたほうがいいですよね。
でも実体はどうなっているかというと、「コストを下げるということは、イコール、質を落とす」ということなんです。「手抜きをする」というのも、時間を短縮できるので、「コスト削減」になります。

それで、ほとんどの歯医者は自分の懐にお金が残るように、「みみっちい」ことにせっせと励んでいる。治療の質は確実に落ちているし、歯科医の医療者としてのモラルの低下はさらにひどいというのが私の実感です。「ウチでは患者さんのために丁寧な治療をしている。」なんて、ほとんどが口先だけの営業トークになっているのです。

あなたが、「やさしい先生」が診てくれる歯科医院で、ほんとうは「まぁ、こんなもんでいいや」「てきとうに削って詰めておこう」とか、「あ、失敗したっ。けど黙ってればどうせ患者には分からないからいいや。」なんていいかげんに扱われてるとしたらどんな気持ちでしょうか。

今の日本の歯科医療は、「採算重視の歯医者都合」で、患者さんは置き去りです。いかに自分の利益を守るか、という視点でしか考えてない。自分がどれだけ患者さんの健康のために貢献できるかよりも、どれだけ患者さんから奪えるかという発想になってしまっています。

犠牲者は、いつも患者さんです。患者さんには、表面的な便利さの裏にひそむ「医療のゆがみ」を、決して見過ごさないでほしいのです。

私は歯科医師としても、一人の人間としても、こんな歯科のありかたにとっても怒ってっているんです。そして、黙っていられないのです。

私は、医療には決して「簡便」を求めません。
自分が治療を受ける立場に立ったとき、あるいは、身内が外科手術を受けるようなことになったとしたら、「いい加減な治療でいいから、安く、手早くササっとすませてほしい」なんて絶対に思いません。だから、私はそういう治療を自分の患者さんにはしない。

患者さんの一本の歯を、自分と同じように大切に思えなければ、真の医療者とは言えません。自分が持っている知識と技術を総動員して、一人ひとりの患者さんに対して、全力で治療に当たる。それが、私の、歯科医としての指針です。患者さんの健康を預かる立場の医療人としては、当たり前のことだと思います。でもそれが当たり前でなくなってしまっているのが、今の日本の歯科の現状のようです。せめて、私自身は、自分を欺くようないいかげんな治療はしたくないのです。だれにも見られていないとしても、自分では知っているからです。そんな生き方では気持ち悪いじゃないですか。