「どうしても歯を残してほしい。」こう希望する患者さんは少なくありません。患者さんの「歯を残したい」という気持ちはよく分かりますし、私自身、できるだけ患者さんの歯を残すために、歯科治療をしています。
しかしそれでも、私は患者さんに抜歯をすすめることがあります。
私が抜歯をすすめるのは、患者さんの歯だけでなく、全身が危険な状態にさらされているときです。
私は、患者さんの歯がグラグラなのを見て、「もう歯が抜けてしまいそうだから」という理由で抜歯をすすめたことはありません。歯の根の病変が進んでいる場合、歯を残しておくと細菌が歯の根っこの先から歯茎の血管に入り込んで、血流に乗って細菌が全身に回ってしまうから。つまり、歯を残しておくと、デメリットと危険の方がはるかに大きいから、歯を抜いた方がいいと判断しているのです。
歯がグラグラになるのは、歯周病が原因です。歯周病は、心膜炎、動脈硬化、心筋梗塞、脳卒中、糖尿病にかかりやすくなったり、低体重児、早産を引き起こすと言われています。
患者さんに気に入られるために、本当は抜いた方がいいと分かっている歯を無理やり残して、処置をする歯医者がいます。歯を残すためにブリッジや連結といった手段で隣の歯とつなげていったら、どうなると思いますか?歯に負担をかけて、健康だった歯までダメになってしまいます。そうして、また患者さんは歯科医院に駆け込むことになる。
こんなことをしていたら、誰のための治療なのか分かりません。自分が患者さんに嫌われないために、つまり自分の利益を守るために、患者さんにも自分にも嘘をついて歯科治療をする人もいますが、そんなことをして誰のためになると言うのでしょうか?医療者としてあるべき姿が、今の歯科医から失われようとしています。
患者さんに歯科の本当のことを言ってしまう私の診療スタイルを見て、「商売がうまくない」と笑ったり、「そんなやり方ではうまくいかない」と言う先生もいるかもしれません。
確かに、私は商売上手ではないと思います。営業もできませんし、愛想笑いもできません。でも、患者さんに嘘をついたこともないし、何より、医療者としての良心は、一度も失ったことがないと言い切れます。
歯科医療者が患者の健康を守らなくて、誰が日本人の口の中を健康にすると言うのでしょうか?
自分の利益にばかり目を向けていたら、大切なものを見失ってしまいます。医療者が、患者さんを見失ってはいけないのです。
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